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undertaleのプレイヤーって「決意そのもの」なんじゃないの、という話

undertaleにおいてややこしい、あるいは意図的にややこしくされている、プレイヤーと、あるキャラと、あるキャラの関係について、自然な仮説をいくつか立てることで統一的に説明できないかという試みです。当然undertaleのネタバレを多分に含むため、これからプレイする予定のある人はさっさとプレイしてきてください。

 

 

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仮定1.undertaleにおいて、人間の「精神」にあたるものは「SOUL」と「決意」に分けられるようだが、ここにさらに、独立して「記憶」が存在すると仮定する。精神がその三要素のみからなるならば、まったく同じSOULと決意と記憶を持った存在は、少なくとも精神面でまったく同じ人間である。

 

仮定2.SOULには色以外の区別がないと仮定する。つまり、同じ色のSOULが二つあり、どちらも決意や記憶を含んでいないなら、その二つは全く同じものであり入れ替え可能であるとする。逆説的に、SOULの色の七種より細かな人間の個性は、決意と記憶が司る。

 

仮定3.決意は、その名の通り人間の意思決定と相関関係があると仮定する。ここでは仮定としたが、言葉の意味からしてごく自然な解釈だろう。上に進む、下に進む、見逃す、殺す、などの選択が決意を、また決意が選択を変化させる。この相関はゲーム上の描写としても見られる。

 

補題.前二項は、ゲーム中単に「決意」と呼ばれているものにそれぞれ何らかの質的な違いがあることを示す。

 

 

 


・プレイヤーはFriskを操作することができる。これはFriskにあなたの決意が宿っているからだと説明できる。あなたは「Friskに宿る決意そのもの」としてFriskの意思決定に介入するのだ。

 

・つまりゲーム開始時のFriskは「赤いSOUL」「Friskの決意」「プレイヤーの決意」を持った存在である。ゆえに、少なくともゲーム開始時、プレイヤーキャラクターが何者であるか判然としないのだ。

 

Friskの記憶についてはどうか。いったん脱線してFloweyの記憶について考察する。

 

・FloweyはSOULのない存在である。しかしその出自上明確に決意を持ち、またなぜかAsrielの記憶を持っている。

 

・ここで、「記憶というものは、持ち主が死んでも(たとえば幽霊や、作中の人間のSOULのように)ふわふわと存在することができ、『適切な決意を持ち、記憶のない存在』に宿ることができる」と考えられる。AlphysがGolden Flowerに注入した決意は、奇跡的にAsrielの記憶にとって「適切な」ものだったのだ。生前のAsrielと質的に同じだったと言い換えることもできるだろう。

 

・転じて、ゲーム開始時のFriskは記憶を失っていると考えられる。それはプレイヤーの決意が混入した結果かもしれないし、単に落下の衝撃かもしれない。とにかく記憶はFriskから抜け出ていて、プレイヤーの決意を内包してしまったFriskにはふたたび宿ることができない。

 

・さて、このゲーム、最初は適当に、そして2週目以降はFloweyに言われる通りに受動的にゲームを進めることで、Pルートをクリアすることができる。つまり、Pルートをクリアする際には、少なくともGルートと比べればさほど「プレイヤー自身の決意」を要さない。

 

・では、FriskにSAVE能力を与え、最終的にPルートの結末を生じさせるに至ったほどの決意とは何か。Frisk自身の決意である。すべてのモンスターを救う決意(メタ的には、ゲーム全体がプレイヤーにPルートをクリアさせる決意)である。筆者はこれをFriskがエボット山に登った直接の動機と解釈する。

 

・Pルート中、プレイヤーはFriskの決意に寄り添うようにプレイヤーキャラクターを操作し続けたのだ。あなたはゲーム中、Friskの決意を置き換えるほどの決意をどこかで抱いたかもしれないが、それでも結果として「Friskの決意とプレイヤーの決意の総体」は「Friskの決意そのもの」と質的に全く同じになった。「赤いソウル」と「Friskの決意」が揃うことで、Friskの記憶がふたたびFriskに宿ったのがPルートのエンディングである。なのでルートの最後には、FriskFriskとして質問に答える場面がある。

 

・Nルートのプレイヤーキャラクターは、ゲーム開始時から引き続き「赤いSOUL」「Friskの決意とあなたの(曖昧な、もしくは少なくともFriskのそれとは異なる)決意」を持っている。ゆえに何者であるか判然としないままである。ほとんどの機会をあなたの影響下で動いたキャラクターは、どちらかといえば、あなたが名前を付けた、あなた自身に近いキャラクターに見える。

 

・ではGルートではどうか。ここまでの理論を適用すると「Friskの決意」と「プレイヤーの決意」の総体が「Charaの決意」と全く同じものになったと考えられる。そこにCharaの記憶が宿り、赤いSOULと一体となって転生したのである。

 

・Pルートの最終盤、地上に出る直前にFloweyのもとへ行くと、Charaが必ずしもあまりいい人間ではなかったこと、Asrielを利用して人類を滅ぼす算段であったことが示唆される。ただし実際のところAsrielは人間に一方的に責められて帰ってきたわけで、Charaの意思に沿う行動を取らなかったといえる。

 

・ここでCharaAsrielに、ひいてはモンスターに対して愛憎入り混じった感情を持ったものと予想できる。特に、Charaはもともと人間を滅ぼそうとしていたような人間だったことから、一度抱いた憎しみが常識を超えてエスカレートすることは想像に難くない。

 

・あなたの「すべてのモンスターを殺す」決意は、Friskの「すべてのモンスターを救う」決意を置き換えていった。最終的にその決意の総体はCharaのそれと全く同じになるわけだが、その内訳には解釈の余地がある。その決意の中にモンスターへの愛があるかどうか、そしてその愛がFrisk由来かプレイヤー由来かだ。

 

Friskが持つ決意のなかにもはやFrisk由来のものはなく、かつその中にはモンスターへの愛があると解釈するなら、それはPルートの後にGルートに進んだ我々の決意と全く同じだ。

 

・我々といったけれども、筆者はGルート動画勢なんだよなーやっぱやるべきかなー。