【落ちのない話】ロクヨンのない家庭で育った

chocoxina世代の男子にとって、小学生時代というのはロクヨンと共にあった。

友人の家に集まれば、誰が促すでもなくロクヨンがブラウン管につながれ、集まったうちの数人がその3P、4Pに持ち込みのコントローラーを挿した。マリオ64マリオカートマリオパーティスマブラゴールデンアイ。時にはたまごっちワールドやF-ZERO Xを遊んだ。どの家でもスマブラカービィゴールデンアイの黄金銃は禁止された。chocoxinaはロクヨンのない家庭で育ったので、少し苦い気持ちでその輪に混じった。

スマブラは苦手だった。復帰技を持つキャラをリンクしか知らなかったのでそれしか使わなかったし、そのときうっかり下Bなど押そうものならバクダンの投げ方がわからずたいてい自爆した。スマッシュ技を知らなかったので相手にトドメをさせることはまれだった。

マリオカートはもっと苦手だった。スタートダッシュについてはみな曖昧な説明しかしてくれず一度も成功しなかったし、ドリフトを覚えたのも皆が飽き始めたころだった。レインボーロードを一周する間に5回は落ちた。

ゴールデンアイも大概なものだった。マップ地点など覚えているはずのない自分は主戦場に向かう途中でしばしば道に迷い、誰が設置したかも分からないモーションセンサー爆弾で死んだ。このゲーム中は誰も成績を気にしておらず、どれも馬鹿騒ぎの種になったのは幸いだった。

マリオ64時のオカリナはついぞまともにプレイできなかったし、そのために話題に取り残されることも多かった。そもそも据え置きハードといえば自宅には元祖プレステとSFC(親戚からのお下がりだ)しかなく、それは実家を出るまで変わらなかった。

 

今年の三月末、実質十数年ぶりの据え置きハードであるSwitchを買った。

併せて買ったゼルダをプレイしながら友人と感想を語り合い、あれほど苦労した祠の裏技的な解法を聞かされて歯噛みした。人の集まる場所でジョイコンを分け合ってスニッパーズに興じた。本体を持ち寄ってARMSをプレイした。始めて触れるひとにはなるべく簡素に操作の説明をした。今Switchを欲しがっているひとが買えるようにささやかな情報の拡散に努めた。「このハードで出る」という以外なにも知らないゲームの情報を追いかけるようになった。

chocoxinaはいまロクヨンの代わりにSwitchを持ってローティーン時代をやり直しているのである。そんなわけなのでこのところTwitterでやたらとSwitchだARMSだのとうるさいのも多目に見て欲しいという話です。一緒にイカやろ。