手品で一回ワザと間違えたフリするやつやめろ
分かってる。
「手品師がマジでミスっててリカバーしてるパターンもある」ってのは分かってる。
これからする話はそうじゃないパターンへの苦言である。
「一回ワザと間違えたフリをするマジック」というのは、例えばこんな流れのものだ。
マジシャンがカードをパラパラとめくり、観客に一枚のカード(たとえばハートの5)を選ばせる。
それをよく切るなりなんなり、次のネタを仕込んだりなんだりした後、例えばあらかじめ用意していた封筒か何かからカードを一枚取り出す。
「あなたが選んだカードはこれですね?」などといって封筒からカードを取り出すと、そこにはクラブのキングが入っている。
「それじゃない……」という観客のリアクションに対し、マジシャンがあからさまに困ったフリをしながら後ろを向くと、背中にハートの5が貼りついている、と、こういうパターンの奴だ。
chocoxinaはこれが許せないのである。
そもそも、手品というのはある程度観客に「空気を読む」ことを強要する。
これは「知っているタネをバラさない」とかそういうレベルの話ではない。
例えば、カップの中にスポンジボールを閉じ込めたとおもったら、そのカップを開けてもボールが見当たらない、という現象を見せられたとき。
先進国でまっとうな教育を受けた人間であれば、まず「おーすごい、どこに隠したんだろう」という感想がわく筈である。
その上で、これはマジック(奇術)なのだぞ、という文脈をふまえ、我々は「ボールが消えた!」とリアクションするのだ。
観客のこのような「騙されにいく」姿勢によってこそ、手品は不思議さを保っている、といえるだろう。
そこで冒頭の「一回ワザと間違えたフリをする」マジックである。
もともと手品に対して積極的に騙されようとしてくれている観客を、芝居で更に騙してやろう、などというのは、あまりにも観客をナメてやいないか。
確かにお前が、観客に望むカードを選ぶよう誘導したり、スポンジボールを巧妙に手の中に隠したりする技術は素晴らしいが、それが不思議な現象として成立するのは観客の協力あってこそだろう。
空気を読んで手品を楽しんでいる観客に、役者でもない人間が芝居をしかけて、その芝居にさえ騙されてもらおうなどとは、あまりにも横柄で、観客の善意におもねりすぎているとは思わないか。
そもそも手品師というのは、失敗した芝居をするときでさえ、妙に堂々としている。
目の錯覚を起こさせたり心理を誘導したりするために必要な姿勢なのだろうが、それにしても「したり顔」が過ぎる。
その堂々とした振る舞いの流れで「手品を失敗した芝居」など見せてくるものだから、さながら「どうです、私の迫真の演技! 本当に失敗したと思ったでしょう!」とでも言われているようでますます腹がたつのだ。
こちらはショーのひとときを楽しむために、あえて騙されているのだ、そこを見誤るなよ、と、マジシャン各位には申し上げたい次第である。