chocoxinaのover140

ハンドルは「ちょこざいな」と読ませている

君たちが「ほっとれもん」と呼ぶものの多様性について

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たとえばあなたが、今日のような秋の日の夜に、中学時代からの友人に呼び出されたとする。

「たまたま近くに来たからさ」という相手の言葉に、ほんのりと隠し事の気配を感じつつも、あなたは何も聞かず、駅前の公園を待ち合わせ場所に設定したとする。

早めに現場に着きそうなあなたが「何か飲む?」とメッセージを送ると、相手がすぐさま10年来の遠慮のなさで「ほっとれもん」とだけ返信してきたとする。

そうしたらあなたは、自販機の多そうな小径に進路を変更する前に、考えておかなければならないことがある。

すなわち、

どの「ほっとれもん」にするか?

だ。

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本稿は、この時期に自販機で売り出される、温かくてレモン味の飲料群――さまざまなメーカーが商品を展開する一大ジャンルでありながら、いずれも特段の区別なく「ほっとれもん」と呼ばれ、一様に消費されてしまうあれらの飲料について、その多様性を改めて示し、皆がその時々でより適切な「ほっとれもん」を選択するための指標となるものである。

キリン ホットレモン

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最初に紹介するのは、キリンの「ホットレモン」。

いかにも、すべてカタカナでホットレモンである。

この手の飲み物といえば「ほっとレモン」が定番だろう、と思う人もおられるかもしれないが、それは果たして「本当」だろうか?

あなたが最後に飲んだ「ほっとれもん」は、確かに、前半平仮名、後半カタカナの「ほっとレモン」だったろうか?

あなたの言う「ほっとレモン」がどこのメーカーから出ていたろうか、それは「ホットレモン」を出しているキリンよりもメジャーなメーカーだったろうか?

――ともかく、まずこの「ホットレモン」の味について述べるなら、特筆すべきはそのおだやかな甘さだ。

パッケージでは控えめに顔を出す「はちみつ」だが、この飲み物においてはレモンに負けず劣らず主張し、盤石な「ホット感」を演出している。

前半だけ平仮名の「ほっとレモン」を探していたつもりでこの商品に行き当たったどの人も、よもやハズレだなどと思うことはなく、おいしく飲んで頂けるだろう。

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正しい持ち方

さて、今回「ほっとれもん」を紹介するにあたり、すべて22時以降の屋外で味を確認することとした。

コーンフレークは朝10時半に食べるのが最も美味であるように、「ほっとれもん」類は22時以降の屋外で飲むのが一番美味しいからだ。

ただこの、全てカタカナの「ホットレモン」について特に述べるなら、よりこの味わいが際立つ状況というのがあるだろう。

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――たとえば秋の休日。

その日の予定をあらかた終え、本来いくらでもゆっくりしていていいはずの夜半に、どうしても落ち着かなくなって家を出る。

大学時代からの友人が、今頃彼女にプロポーズをしているはずなのだ。

あいつは人の幸せを喜び、人の不運に泣くことができる大した男だが、その分、俗に「男らしさ」と呼ばれる形質を欠くところがある。

あいつは上手くやってくれるだろうか。あてどなく自宅とコンビニの間をうろついているとスマートフォンが震え、奴がlineのスタンプを送ってきたことを知らせる。

中身を確認すると、あいつの好きなアニメのキャラが、こちらへ向けて親指を突き立てている。

そうか、やったな。

同じスタンプを送り返し、返事を待たずにスマートフォンをしまうと、緊張が解けたからか、やにわに身体の芯が寒さを訴えだす。

大慌てで目についた自販機の「ホットレモン」を買い、くっと一口飲み下す。

「良かったな」と感慨にふけりながら身体の芯を温めるこんな夜にこそ、この「ホットレモン」は相応しい。

  • 甘味 ★★★★☆
  • 酸味 ★★★☆☆
  • あたたかみ ★★★★★

アサヒ飲料 ほっとレモン

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さて、皆さんの記憶にある通り、「ほっと」のみが平仮名になったほっとレモンも確かに存在する。

せっかくなので、ここで皆さまにはほっとレモンの「味」についても思い出してもらおう。

レモンの爽やかさとはちみつの温かみ、どちらを強く感じる味だったろうか?

――今回5種を飲み比べた者として「正解」を述べさせてもらうなら、「ほっとレモン」の味は、甘みと酸味のどちらにも突出しない中庸さにこそ特徴がある。

「スポーツドリンクって、あっためたらこんな感じになるのかな」というくらいに軽やかなのだ。

これは逆接的に、もしあなたが「ほっとれもん」の味になにか明確な印象を覚えていたなら、それはアサヒの「ほっとレモン」ではなかった可能性が高いことを示唆する。

本当はカタカナのホットレモンだったのかもしれないし、あるいはこれから紹介するような、名前の大きく異なるいずれかの商品かもしれない。

ともあれ、この平仮名の「ほっとレモン」を飲むべき状況というのは、例えば以下のような時だろう。

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――なかなか休みの合わない彼女と、仕事終わりの時間を利用したディナーデート。

就業間際の会議からリモート飲みになだれ込もうとする部長をどうにかいなしているうちに、気付けば約束の時間を過ぎてしまった。

待ち合わせ場所のランドマークに大慌てで駆け寄ると、僕を見つけた彼女の表情がぱっと明るくなるのが見える。

僕が遅れてごめん、と言うのを聞いた彼女は少し慌てたように怒り顔を作り、ミルクティーね、と言って僕の腕を取るのだ。

遅刻の負い目を早々に清算させてくれる彼女のこんな優しさは、去年僕が彼女に惹かれた理由の一つでもある。

あの日もこんな肌寒い日だったな、と思い出しながら、今日もありがたく140円のお詫びをさせて頂こう。

寒空の下待たされた彼女にはミルクティーを、そして息の上がった僕にはほっとレモンを。

一口目を飲むタイミングが不意に揃ったのを笑い合いながら、乾いた喉を潤すこの瞬間にこそ、アサヒ飲料のほっとレモンは相応しい。

  • 甘味 ★★☆☆☆
  • 酸味 ★★☆☆☆
  • 軽やかさ ★★★★★

Pokka ぽっかぽっかレモン

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ここから少しずつ、あなたの思う「ほっとれもん」とはイメージがズレてくるかもしれない。

とはいえあなたが「あったかいレモンのやつ」を飲みたいとき、肌寒い屋外でこの「ぽっかぽっかレモン」を見かけたら、恐らく妥協する意識さえなしに自販機に小銭を投入することだろう。

しかしこの「ぽっかぽっかレモン」は、そうして漠然とした「ほっとれもん感」を期待して飲んだときに、最も違和感を覚えるかもしれないものの一つだ。

「ぽっかぽっかレモン」を一口飲み、レモンの爽やかさが鼻腔を抜け去った直後に感じるのは、鮮烈な糖の甘さ。

はちみつとも違う、どこか黄金糖を思わせるようなパンチがあり、恐らくあなたの「ほっとれもん観」の中心からはいくらか外れた存在だろう。

この特徴的な味わいは、他の「ほっとれもん」と同じように飲むよりもむしろ、以下のような時に相応しい。

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――12月末、何時ともつかない深夜、僕は見慣れない駅で目を覚ます。

確かつい先刻まで、気の置けない友人と、久々の飲み会に興じていたのではなかったか。

スマートフォンを取り出し、現在時刻を確認すると、自分が終電を乗り過ごしたことをようやく自覚させられる。

これから家に帰れるか、あるいはどこか泊まれる場所はあるか?

冷静さを取り戻した頭を持ち上げると、刺すように寒い外気が胸元を抜ける。

早く体温を上げなければ命が危ない。

おぼつかない脚で自販機に駆け寄る。

鋭く痛む頭がカフェインを拒否するのを感じながら、Pokkaの「顔缶」の隣にある「ぽっかぽっかレモン」を買い、矢も盾もたまらなず一口すする。

ああ、甘い。

無くしたマフラーについてなるべく深刻に考えないようにしながら、これからの数時間について検討する深夜にこそ、「ぽっかぽっかレモン」は相応しい。

  • 甘味 ★★★★★★
  • 酸味 ★★☆☆☆
  • 救荒食糧感 ★★★★☆

伊藤園 あたたまるビタミンレモン

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日本に生まれ育つと、レモン味のものに対してビタミンCの含有を期待するよう価値観がセットアップされるものだ。

実際それにどれほどのビタミンが含まれていて、それがどれほど我々の身体に役立つのかはともかく、肌や唇が乾燥しだすこの時期になると「ほっとれもん」はいかにも有難く映るだろう。

伊藤園の「あたたまるビタミンレモン」は、我々のそんな弱さを見透かすように、ややマイナーな伊藤園の自販機からこちらを覗いてくる。

一口飲んでみると、幼少期にカリコリと食べた「おいしいビタミン剤」を思わせるケミカル感があり、これはこれでなかなか悪くないものだ。

ほかの「ほっとれもん」のいずれとも異なる個性を備えた「あたたまるビタミンレモン」を最もおいしく飲めるのは、恐らく以下のような時だろう。

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――私(いかにも、ここで筆者は26歳女性である)の部屋に、明日いきなり彼が来ることになった。

大慌てで片付けをしていたらあっという間に夜中の零時を過ぎてしまって、しかもまだまだ、寝るまでには終わりそうにない。

ひとまず燃えるゴミを出しに出てきたんだけど、ホコリを吸っちゃったみたいで喉が嫌な感じ。

こういうときはいつも、近くの自販機で買える「あたたまるビタミンレモン」を飲むことにしている。

ビタミンが入ってるみたいだし、はちみつも喉にいいって言うし。

これを飲んでスグに喉が治るなんて思ってるわけじゃないけど、何もしないでストレスためるよりはずっといいだろうし。

なにより、「あたたまるビタミンレモン」って、こうやってちょっとだけ体調の悪い秋の日に飲むのが、いちばん美味しいと思うから。

  • 甘味 ★★☆☆☆
  • 酸味 ★★★☆☆
  • ありがたみ ★★★★☆

サントリー あったかいはちみつレモン

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サントリーの「はちみつレモン」といえば、1986年に発売されたロングセラー。

しかしこれをひとたび温めてしまうと、ほかのものたちと十把一絡げに「ほっとれもん」と呼ばれてしまう。

ホットドリンクのフィールドは、かの「はちみつレモン」にとってもアウェーなのか?とも思うが、実はそうでもない。

何を隠そう、サントリーはコンビニを中心に「ホットはちみつレモン」というよく似た商品も展開しているのだ。

もっとも、先ほど紹介した「ほっとレモン」もしばしばコンビニで販売されているのだが… 地域によっては、このはちみつレモンシリーズをこそ、ここまで紹介したどの「ほっとれもん」よりも目にし、あるいは口にしている可能性もあるだろう。

さて、味についてだが、名前に強調される「はちみつ」の濃厚さはそこまで目立たず、むしろレモンの爽やかさを前面に押し出した味わいだ。

自分が以前飲んだ「ほっとれもん」はコレだったのではないか、と思わされるような、わかりやすくホットでレモンな飲料となっている。

このように、身近さを感じさせる味とネームバリューを備えた「あったかいはちみつレモン」を飲むのに相応しい状況といえば、まさに冒頭で紹介したようなシチュエーション。

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言い換えれば、あなたが何か言いたげな旧友を迎えるときは、「ほっとレモン」でも「ホットレモン」でもなく「あったかいはちみつレモン」を買わなければならないのだ。

彼はきっと、10年前と同じようにあなたの前にあらわれ、しばらくは他愛のない話で盛り上がることだろう。

そうして終電の時間が近づいてきたころ、胸に秘めたなにかについて話してくれるかもしれないし、あるいは、あなたと久々に話ができたことを静かに喜びつつ、なにか独りで重大な決断をするのかもしれない。

いずれにせよ、君の変わらぬ友情と、「あったかいはちみつレモン」の酸味は、間違いなく彼を良いほうに向かわせるはずだ。

  • 甘味 ★★☆☆☆
  • 酸味 ★★★★☆
  • 爽やかさ ★★★★☆

人生に多様な甘酸っぱさを

人の数だけ「ほっとれもん」の必要な場面があり、そして「ほっとれもん」にはそれぞれ異なる味わいがある。

たかが100円そこそこの飲み物でさえ、うまく選べばあなたの人生を少しだけ豊かにしてくれるだろう。

それでは皆さん、よい秋を。

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これは飲み物をうまく選べなかったときの写真