chocoxinaのover140

ハンドルは「ちょこざいな」と読ませている

床屋きらい

床屋が嫌いなのだ。

「美容院は?」じゃない。ナンセンスなことを聞くな。名前が床屋だろうが美容院だろうが1000円カットだろうが、シャンプーが仰向けだろうがうつ伏せだろうが掃除機で済まされようが、とにかく人に髪を切ってもらう施設が等しく嫌いなのだ。

何が嫌いかって、奴らは席につくなり
「今日はどうされますか?」
とかえらい漠然としたことを聞いてくるだろう。
どうされますかじゃない。どうしたらいいかこっちが聞きたいくらいなのだ。

髪を切りに来る人間の全員が全員、「なりたいワタシ」みたいなものを持ち合わせているわけではない。
ただ必要に駆られて長くなった髪を短く切りに来る人間というのもいるのだ。

どうされたいかという質問にあえて答えるなら「世間様に恥ずかしくないようにしてください」としか言いようがない。その一言で髪を切ってくれる床屋がいるなら7000円まで出す。

それはともかくだいいち床屋ども、こちらがたまに色気を出して何かしらの指定をすると
「お客様は髪質が〜」「アタマの形が〜」とかなんとかよくわからんことを言って要求を突っぱねてくるだろう。
うるさいうるさい、百歩譲って髪質(?)とやらの考慮が漏れたのはこちらの落ち度としても、アタマの形がどうかなんてこちらには分かりようがないのだ。目ってアタマの前のほうについてるからアタマの後ろは見られないんだぞ知ってるか。

そういう未知の変数でもって出来ることが変わってくるというなら、そちらからまずどうできるのか示して欲しい。さいきん提案型営業とかいうやつ流行ってるだろ。

結局そんなことを考えながらも「前切ったのか一月前なんで、伸びた分を揃える感じで」とか適当にやり過ごした俺に、床屋はまた
「襟足はどうされますか?」
とか訳のわからないことを聞いてくる。

どうされますかじゃない。伸びた分だけ切ってくれって言ってるだろう。

それ以上何を指定する必要があるというのだ。長さで答えればいいのか見た目で答えればいいのか、刈るか切るかという話なのか。
自分の後頭部がどうなっているべきなのか、分かっている人間ばかりではないのだぞ。目ってアタマの前のほうについてるからアタマの後ろは見られないんだぞ知ってるか。だいいち先月俺の髪切ったのもお前なんだから同じように出来るだろ。

そんなやりとりを経た上で何が起こるかといえば、これだけコミュニケーションに困難の生じる他人に、耳や動脈の周りで刃物を振るわれるのだ。

文明開化で髪を切る文化をありがたがった日本人、全員滅びていればよかったのに。

……と言いつつchocoxinaは今月もちゃんと髪を切った。褒めてほしい。

「うなぎ文」は「android文」に改めるべき

日本語の変わった文型に「うなぎ文」というのがある。

「お昼何にする?」「俺、うなぎ。」というやつだ。

ここでいう「俺、うなぎ。」が"I am an eel"という意味でないことは日本人にとっては明らかだが、外国語話者にとってはわかりづらいし、文法的な説明も簡単ではない、というもので、日本語の特殊性や外国語との違いを説明するときによく引き合いに出される。

さて、この「うなぎ文」であるが、お堅い本などでは「俺うなぎ。」ではなく「俺はうなぎだ。」のかたちで引用される。
しかしこの、「俺はうなぎだ」というのは、ちょっとさすがに日本人にとっても違和感のある文ではなかろうか。

いわゆるうなぎ文的なるもの、つまり「俺は◯◯だ」と言いながら"I am ◯◯"の意味ではない例が日本語にたくさんあることは否定しない。
しかしその代表例として「俺はうなぎだ」はちょっと不適切だという話がしたいのである。

ここでchocoxinaは「いわゆるうなぎ文」の例として「俺はうなぎだ」の代わりに「俺はandroidだ」を提唱したい。

念の為に具体的な用例を挙げると
「だれかiPhone持ってるやつ、充電器貸してくれ」
「残念、俺はandroidだ」
というものだ。

このandroid文にはさまざまなメリットがある。

まず第一に、android文は日本語としてうなぎ文よりも自然である。
「俺はうなぎだ」の『だ』は、うなぎ『を選ぶ・に決める』といった動詞を代替している(諸説あり)のに対し、「俺はandroidだ」の『だ』は、『持っている・使っている』というような語の代わりになっている。
『だ』の自然な用法に近い、存在や状態を表す言葉なので、より自然に置き換えが成立していることがわかるだろう。

第二に、この例は日常生活に頻出する。
「俺はうなぎだ」「僕はうなぎです」と口に出したことのある人間はそう多くないだろうが「俺はandroidだ」「私はandroidです」ならば、一言一句その通りのことを言ったことのある人も多いはずだ。

そして第三に、これが最も大切なことなのだが、android文を使うことで、この文型について理解するメリットが顕在化するのだ。

仮にある日本語学習者が「いわゆるうなぎ文」について理解できなくても、誰か「俺はうなぎだ」と言った人間のことをうなぎだと思うことはないだろうが、近い将来、「俺はandroidだ」と言った人間のことを人造人間だと勘違いすることは十分にありうる。
また悲しいことに、人造人間が普及するような近未来に「うなぎ」がまだ存在しているかどうかは非常に疑わしいことであるから、例えばうなぎの絶滅に伴って「うなぎ文」という概念までもが何らかの古語のようなものだと思われてしまい、日本語学習者がこういった事例にあらかじめ触れておく機会がなくなる、ということさえ考えられる。

「うなぎ文」を「android文」に置き換えることでこうしたトラブルは減り、ひいては機械と人の相互理解を助けることにもつながるはずだ。

来たるべきシンギュラリティに備えるためにも「android文」が普及することを願ってやまない。

またそれはそれとして、そんな近未来でもうなぎがたくさん生きている地球であるといいですね。

僕からは以上となります。

なんなんだアクアフレッシュ

アクアフレッシュの歯磨き粉を使っている。
虫歯予防の白、口臭予防の青、歯垢除去の赤がストライプになって出てくるアレだ。

近所のドン・キホーテで98円くらいになっていたそれを使い始めて数日経ったころ、パッケージの裏に

「綺麗なストライプのために後ろから絞って下さい」

と書かれているのに気づいた。

これはしまったぞ、と思った。

chocoxinaはハミガキチューブに正しい絞り方があるなどとはつゆ程も想像していなかったし、これまでずっと、予備知識ゼロであのチューブを持った人間が当然そうするように、腹のあたりを雑にぎゅっと握りしめてペーストをひり出してきた。

ところが、そのような絞り方をしていると、いずれ「綺麗なストライプ」が出なくなるというのだ。

これは由々しき事態である。

遠からぬ未来、チューブの中のストライプが崩れ、例えば赤い部分がまったく出てこなくなったら。
歯垢除去をつかさどる何らかの成分を欠いたまま歯磨きをすることになり、歯と歯の間は歯垢で真っ白。その日の通勤中に「Braun Morning Report」に捕まったら、すべての歯を謎の薬液で真っピンクに染めあげられた姿が、CMとしてお茶の間に流されることになる。

虫歯予防の白、口臭予防の青が欠けた日のことなど、想像するだに恐ろしかった。

しかし、である。

なぜ俺が、アクアフレッシュを使っている俺だけが、このような憂き目にあわなければならないのか。

他のやつらが何も考えずに歯を磨き、オーラツーでステインをクリアし、クリニカでプラークをコントロールし、デンターシステマで歯周ポケットをケアしている間に、なぜアクアフレッシュを使っている俺だけが、甚大なリスクを背負いながらハミガキチューブを後ろから絞らなければならないのか。

そもそも、虫歯予防・口臭予防・歯垢除去などという、歯磨き粉におしなべて欠くべからざる3つの要素について、製造元のグラクソ・スミスクラインはなぜあらかじめよく混ぜておかないのか。

俺はこの世の理不尽を嘆いた。
さながら、生まれた国や血筋、その他の環境によって、その後の人生に避けがたい格差が生じるように。
どの歯磨き粉を使うか?といった選択までもが、その後の人生にかくも大きな差をもたらすのだ。

もし今後、赤い部分を欠いたクリアクリーンで歯を磨いたchocoxinaがBraun Morning Reportに捕まり、歯と歯の間を真っピンクに染め上げられたなら。
せめてもの抵抗として「毎朝クリアクリーンを使ってるんですけどねえ」とコメントするところまでCMに残してもらおう。
悲惨な生活を送る人々が国際記者を通じて世界に窮状を訴えるように、Braunを通してアクアフレッシュユーザーの口腔衛生問題を世に訴えるのだ。

……などと吹き上がりながらアクアフレッシュについて調べていたのだが、どうやらあの歯磨き粉は、どの色の部分にも全く同じ成分が入っているらしい。

なんなんだアクアフレッシュ。