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【落ちのない話】天使でも女神でもない歌声を聞いた

出勤途中に毎日通る住宅街で、前方に見慣れない親子連れを見かけた。

小学一、二年生だろうかという男児はこちらに背中を向けながら頭をぐったりと垂れ、腕や脚を不自然な方向に曲げて、右隣の母親に脇を抱えられながらどうにか歩いていた。背中越しにも、何かしらの障碍を抱えていることが容易に見て取れた。

隣の母親は、身長がその男児と頭2つ分も違わないような小柄な女性だった。俺は反射的に「大変そうだな」と思った。

 

ゆっくりと歩く二人を追い越しながら、彼女らの方を振り向かないように、彼女らを自分の下卑た好奇の目に晒さないように気をつけていると、女性の声が聞こえてきた。「さんぽ」を歌っていた。

月並みに形容すれば、その声は天使のようだった。

 

人の声から受ける印象などというのがまったくアテにならないことは知っているし、俺は世の母親に女神的な母性を期待するような乳臭い人間ではない。自分自身が声で、見た目で、表情で誤解を受けることの多い人生を送ってきたし、俺の母は自分が小学校に上がる前に家を出ていった。今日俺が彼女の声に抱いた感想というのはつまり「子どもの障碍に負けない母の愛」みたいな夢想から来るものではなく、例えばアイドルが歌うのを聞いて「ナントカちゃんの歌声は天使」などと言うのと大きく変わりないもののはずだ。少なくとも、変わりないものでなければならない。

 

キーを四度下げて、囁くように穏やかに歌う。歩こう、歩こう、私は元気。合間合間に男児の声が聞こえる。その背丈に不釣り合いなほど低い声で呻く。彼女にはその呻き声の機微が分かるのだろうか。今、喜んでいるな、と感じられるのだろうか。歩くの大好き、どんどん行こう。

 

彼女に女神のような母性や愛を期待してはならない。ただでさえ子育てというのは苦労が多いと聞くし、まして子どもが障碍を抱えているとなれば尚更だろう。ときには子どもを殺したいほど憎むようなことすらあって不自然ではない。彼女がどんな気持ちで「さんぽ」を歌ったのか、俺には知りようもない。

それでも、彼女に育てられたあの男児は幸せだろうな、と思わずにいられなかった。たかが歌声から勝手に彼女の愛を想像したわけだ。言い訳すれば、それほどの声だった。

 

俺は彼女に、自分の「性的な妄想のネタにするよりも下卑た行い」を内心で詫びながら早足でその場から逃げた。耳に残る彼女の声を忘れようと努めた。彼女の声に感じ入ることは、感動ポルノの消費にほかならないと思ったからだ。――考え過ぎだろうか。

【落ちのない話】デパートの柱をじゃきじゃきにする仕事

少し前、新宿小田急を歩いていたら、一階の一部が「天井工事中」となっていて、がっつり工事用の足場が組んであった。

「なんの工事かなあ」と思いながら頭上を眺めていると、ちょうど工事中の部分と工事中でない部分の境目にさしあたって、その工事中でない(おそらく工事が終わった)部分では、天井というよりはむしろ柱の上部に、なにかこうじゃきじゃきとした、例えるならCPUのクーラーのような装飾が付いていることに気付いた。柱に装飾を施すための工事だったわけだ。

 

思い起こせば、デパートの柱というのはたしかになにかしらの装飾がついていることが多かったように思うが、今まで特段意識したこともなかった。でも世の中には「そろそろ柱の装飾を変える季節だな」とスケジュールする人や「今度の装飾はなんかじゃきじゃきしたやつにしよう」とデザインする人、そのじゃきじゃきしたやつを実際に作る人や、それを取り付けるための工事をする人がいるのだな、という気づきがあった。

 

で、そうやって、柱の装飾をじゃきじゃきにするひとたちの中で、とくに具体的な意匠、つまり、今シーズンはじゃきじゃきにしようとか、シーズンによっては水玉だったりしましまだったりにしようと決める人たちというのは、一般にはデザイナーと言われるものなのだろうけど、そういうデザイナーさんというのはつまり「なにデザイナー」なんだろうか。「デパートの柱デザイナー」というわけでもないだろうし、さしづめ「空間設計デザイナー」といったところだろうか。いちど話を聞いてみたい。

水を旨くするラーメン調べ

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 手前が今回のメインです。
 
水が旨い。
学生の頃は、水分補給といえばもっぱら炭酸飲料で、ペットボトルの水などは「なぜわざわざ好きこのんで味のしないものを」と下に見ていた節すらあったのだが、いつからか只の水をことのほか美味しく感じるようになった。
天気の良い日にコンビニで買って飲む天然水や、一汗かいた後にウォーターサーバーから飲むよく冷えた水なども素晴らしいが、一番水がおいしいシチュエーションといえばやはり「ラーメン屋」だと思う。
むせ返るような湯気をかき分けて熱々の麺をわっしわっしと啜ったあと、すっかりラーメン味になった口の中にキンキンに冷えた水を流し込むのだ。
あれって、やはりラーメンの種類によって水の美味しさも変わるのだろうか。調べてみよう。

 


家系ラーメン


なんとなく「やっぱり濃い味のスープを流し込むように飲む水が旨いだろうなあ」と思ったので、知っている中で最も味の濃いラーメン屋に来た。杉並区方南にある「桂家」という店だ。

 

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桂家は俗に「家系ラーメン」と呼ばれる濃厚な豚骨醤油ラーメンの有名店で、東京一に推すファンも多いらしい。
今年の初めごろまで店主の体調不良で長期休業していた上、現在も不定休で門前払いを食らうことも多いため、たまにこうして営業中だとついテンションが上がってしまう。
 
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が、今回はあくまで水を飲みに来たのだ。うやうやしく給水器から水を受け取る。
 
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水と、チャーシュー麺ほうれん草増しと半ライス。水がメインだっつってるのにトッピング2つにライスまで頼んでいる。
 
ともかくも麺を食おう。あくまでもこの後の水を味わう為である。
 
――鶏油でとろりとしたスープをまとって、柔らかめの麺が口に飛び込んでくる。
スープは濃厚だが油に覆われて刺々しい感じはなく、それぞれ強烈な油と旨味と塩気とがひとかたまりになって、舌に重いブローを利かせてくる。
麺を噛みしめるたび、その旨味に身体が反応して唾液が湧き出る。
一枚一枚がうれしい厚さに切られたチャーシューをかじり、よくスープに馴染んだ海苔とほうれん草で半ライスをかき込む。「家系を食いたい」と思ったときに活性化する脳の部位がすべて喜んでいる感じがする。
 
おいしいなあ。
 
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 一応別の日にちゃんと撮ったラーメンの画像もご覧下さい。
 
――と、この通り本筋を完全に忘れるほど美味いラーメンではあったのだが、肝心の「水を味わう」という観点からは今ひとつだった。
口中を支配する濃厚な味と油が、たかが水一杯くらいでは切れてくれないのだ。
給水器の水そのものが、ピッチャーから供されるものほどには冷えていないのも相まって、飲み切ったあとの「水がうめえな!」という感慨はない。「春休み前に転校してきた奴」くらいの印象の薄さだ。

しかしここでも水を飲む利点は確かにあって、例えば麺をひととおり食べ尽くしたあとでスープを残して帰るつもりで水を飲むと、口のなかに残るスープの味が懐かしくなってスープを一口すすってしまい、そこからまた止まらなくなる、という風に、幸福なジレンマを味わうことができる。
この店において、水はあくまでラーメンのおまけなのである(当たり前だが)。
 
家系ラーメン
  • サポート力(水を旨くする力):★★☆☆
  • 飲んだ水の量:1.5杯
  • 水どころではなさ:★★★★
  • 水の飲み頃:スープと交互に少しずつ
 
 
 
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ところで、この日はトッピングたっぷりのラーメンとライスと水1.5杯を接種したあとで、健康に気を使ってトクホ的なお茶を飲んだため、おなかがパツパツになりました。
 
 


天下一品


家系ラーメンが「水のチェイサー」としてはやや不十分だったため、別ベクトルで濃い味のラーメンを求めて天下一品に来た。
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天下一品は京都発祥のラーメンチェーンで、後述する通りとにかく濃厚なスープが特徴的だ。
 
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水と、こってりラーメン

この特徴的なスープを見ているだけで喉が渇く。これは期待できそうだ。
 
――丼に箸を入れると、細目の麺と一緒に粘度の高いスープがこれでもかというほど持ち上がる。
指先にありがたい重みを感じながらすすると、吸い込む空気にまるで色でもついていそうなほどの鶏ガラの臭気が満ちて、むせ返りそうになる。
重さに負けないようにわしわしと麺をすすり、ざらついたスープの中の強烈なうまみに卒倒する。軽快な食感のメンマであごを休めながら、戦うように食う。
 
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そして、そうやって思うさま口の中をざらつかせた後に水を飲むと、これが、すこぶる旨いのだ。
天一のこってり味とざらざら感が綺麗に洗い流されて、清純な水の味が舌を滑る。
ピッチャーから注ぎたての水は、麺をすすり続けて酸欠気味になった脳をキンと冷やしてくれる。瀕死のときに飲むエリクサーはきっとこういう味がするのだろうと思う。
 一杯目を飲み切った後、すぐさまピッチャーに手を伸ばして二杯目を注いだ。これだよこれ、という感じだ。
 
天下一品
  • サポート力:★★★★
  • 飲んだ水の量:2杯
  • 中毒性:★★★☆
  • 水の飲み頃:いつでも
 2件目にしてほとんど正解が出てしまった気がする。天一のように味が濃く、かつ家系ほど油が浮いていないラーメンが水を旨くするのだ。
 
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それはそれとして、この日も前回とは別のトクホ的なお茶を飲みました。効果はともかくお茶の味が濃くて美味い。
 
 
 

汁なし担々麺


さて、もう一軒くらい調査をしたいところだが、三日連続のラーメンはさすがにいろいろ(肌とか肝臓とかに)不安がある。
最後はなるべく体に悪くなさそうなものがいい。例えばスープがなくて、ちゃんと野菜とかが入っているもの。
そしてもちろん味が濃く、かつあまり油っぽすぎないもの。
そんなちょうどいい店が台東区蔵前駅近くにあったので、最後はそこに決めた。近頃話題の汁なし担々麺の店だ。
 
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タンタンタイガーさん

そういえば、そもそも本場中国では汁の入っていないのが普通の担々麺だとかいう話もありますが、今回のメインは水なので些末な話ですね。
 
  
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水と、汁なし担々麺。水だけ飲んでも美味そうなほど写真写りが良い。
 
 
例によってまずは麺を、店員さんに説明を受けたとおりよく混ぜてから食う。

――濃厚なゴマの香りの中にひき肉のうま味、あとはアミエビかなにかの複雑な風味が広がる。クセになるタイプの味だ。
担々麺のキモである唐辛子と花椒はその濃厚さに覆われているようでいて、食べ進めるうちにじわじわと辛い。額の汗腺が開き、舌先が正座した足みたいに痺れる。身体がイレギュラーな刺激に対応しようと活性化するのが分かる。金曜夜の疲れ切った脳に喝が入る。
上に乗ったシャキシャキの水菜が爽やかで、口の中が適度にリセットされていくらでも食べられるようだ。
 
 
そして、この担々麺で口の中をひりひり、しびしびとさせた後の水! これが旨いというか、面白いのである。

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ラーメン屋の水にレモン入ってるとテンション上がりませんか。

花椒で心地よくしびしびととした舌を、キンキンに冷えたレモン水が流れる。するとなんだか、水の冷たさがアップしたような、むしろソーダ水の味がするような、とにかく不思議な感覚がして楽しい。
そうでなくても唐辛子でじんわりと汗をかいた身体はおのずと水を求め、麺を完食した後の何も残っていない状態から、水を2杯、3杯と飲めてしまうのだ。
 
求めていた感じとは少し違うが、この汁なし担々麺が水を美味くしていることは明らかだ。
汁なし担々麺
  • サポート力:★★★☆
  • 飲んだ水の量:3杯
  • 楽しさ:★★★★
  • 水の飲み頃:すべて食べ終えてから
この日はかなり体調が心配だったので、昼夜二連で健康的なものを飲みました。
 
 
 

まとめ

結論ありきで検証を進めた感があるが、ともかく今回の調査では、水を旨くするラーメンの条件として

・味が濃い

・油っぽすぎない

・そもそも水がピッチャーで出ていて冷たい

が大事であることがわかった。今後も引き続き、今回の条件に合致する「本格派博多とんこつ」や、条件に当てはまらないのにやたら水が美味かった記憶がある「昔ながらの鶏ガラ醤油」などについても調査を進めたい。

 

とはいえ、本件検証後の土曜日は内蔵が疲れて一日中ぐったりしていたので、しばらく日を空けたいと思います。

 

悪夢で見たエレベーターに乗る

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このやべー角度のエレベーターに乗ってきました

 

 

誰もが悪夢に悩む

いろいろな人が共通して見る悪夢、というのがあるらしい。

数年前のある時期、「歯が抜ける悪夢」を何度も見ることがあったので、すがるような気持ちでGoogle検索をかけたところ、夢占い関連の記事がわんさかヒットした。

歯が抜ける夢 - Google 検索
占いの結果はともかく、ある夢が夢占いの事例集に載るということは、占い師がその夢について何度も相談を受けたということだろう。それを知っただけで「俺だけじゃないんだな」と安心したのを覚えている。


夢占い関係のサイトにはほかにもさまざまな悪夢の定型が紹介されていて、例えば
・何かに追われる
・冤罪を受ける
・叱責される
・暗いところへ落ちる
などが「メジャーどころ」のようだ。読者の方にも、いくつか思い当たる例があるのではないかと思う。

今回取り上げる悪夢も、上で紹介したものほどではないにせよ結構メジャーらしいのだが、果たして共感してくれる方はおられるだろうか。

ええっと、「エレベーターに乗る夢」なんですけれども。

 

 

エレベーターの悪夢とはf:id:chocoxina:20170319001931p:plain

(これから、人に聞かせる話として最大のタブーである「自分が見た夢の話」をさせて頂くんですが、どうかほんの少しだけ我慢してついてきて下さい)

 

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――見覚えのないエレベーターに乗った状態から夢は始まる。


――そのエレベーターはガラス張りになっている。外は漠然とした「街」であったり、工場の中や荒れ野だったりする。


――エレベーターは自分の操作を待たず勝手に動き出す。それはただ上昇するだけではなく、地面と平行に動いたり、うんと大きくジャンプしたり、建物や地形をなぞるように動いたりする。その予測不可能な動きや、どこへ連れて行かれるか分からない状況が、えも言われぬ恐怖を呼び起こす。


――そうして乗客を思うさま振り回しているうちにエレベーターは止まって、目的地(謎の団地や、昔のガールフレンドの家や、実家の周りの住宅街)に俺を放り出す。


――その目的地に、何かしらのトラウマを想起させられるうち、夢は次第に輪郭をおぼろにしていく――

 

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(お付き合いいただきありがとうございます。口直しに空でも眺めてください)


重ね重ね、読者の皆様には夢の話などしてしまって恐縮なのだが、実はこういうタイプの夢を見るのはchocoxinaだけではないらしいのだ。

 

そのことを知ったのはごく最近、日課のネットサーフィンに勤しんでいたときのこと。

 

 
Twitterでたまたま「水平に動いてから垂直に上がるエレベーター」というのを見かけて、すげえ! これ夢で見たことある! などと感激していたら、

 

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なんだか、他にもそういう意見が続々と集まっている。

マジで? みんなもエレベーターの悪夢見るの? 俺も俺も!

 

「夢で見た感じのエレベーターが実在する」「しかもその夢を見ているのは俺だけではないらしい」という2つの興奮がないまぜになって、気づけば仕事そっちのけでエレベーターについて調べていた。

上記の動画はどうもイタリア(?)の工場で撮られたものらしいのだが、同じくらい変わったエレベーターが日本にもあるらしい。


やっべ、行こう。

 

 

エレベーターに乗りに山梨まで

新宿からまずは京王線か中央線で高尾まで、そこから中央本線に乗り換えて四駅。都合一時間少々で今回の目的地である四方津(しおつ)駅に到着する。

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レトロで可愛らしい佇まいの駅

 

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初めて使う自撮り棒を警戒している筆者

 

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駅周辺はご覧の通り山あいののどかな町で、旅馴れていない筆者からするとこの段階で既に夢っぽい。今夜の夢はトトロの世界かな? という感じだ。

 

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名所案内を参考にこのままハイキングと洒落込みそうになったが、今日の目的はエレベーターである。

 

 

で、そのエレベーターというのは、四方津駅から北に、案内板などに従って歩道橋を2分ほど歩いたところにある。

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この画面両脇の

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これ!


のどかな駅周辺から徒歩2分でこの近未来っぷり。それこそ夢みたいな唐突さである。


駅から本当にすぐの所にあるこの施設は、名前をコモア・ブリッジといい、山の上にあるニュータウンコモアしおつ」にアクセスするための通路となっている。
肝心のエレベーターは見ての通り斜めに、山の斜面に添って動くタイプで、こういう形式のものを機能そのままに「斜行エレベーター」というらしい。

 

(ところで、1枚目の写真の真ん中にでんと構える超長いエスカレーター。こちらも大変気になるところだが、

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訪問した際は修理中だったのか、乗ることは叶わなかった)

 

 

ともあれエレベーターを見ていく。

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まずはドア部。見切れた画面左側のボードに昇降ボタンがある。

通常のエレベーターでは階数を表示することが多いドア上部は、20mきざみでエレベーターの大まかな位置が表示されるようになっている(そう、このエレベーターは全長200mもある!)。

 

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内装はドアと同じスカイブルー。長めの搭乗時間をつぶすためにテレビがついていたり、天井がお洒落なアーチ状だったりと「しつらえが良い」という言葉がしっくり来る。全体としてはほんのりレトロなたたずまいで、ビビッドな水色が上品にまとまっている印象だ。

 

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「下」「上」という、あまり見たことのない行き先階ボタン。

 

こうして内装の写真を撮りまくっていると、程なくエレベーターは動き出した。
それに気づいてガラス張りの後方を振り返ると「ああ、これだ」という思いがした。待ちわびた悪夢だ。

 

 

夢にまで見た 

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エレベーター独特の浮遊感のある乗り心地と、慣れない方向に動く景色が、少しずつ現実味を失わせる。

 

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自分の元いた場所を眺めると、景色がフラクタルのように遠ざかる。「どこか知らない所へ連れて行かれる」という感じがする。そういえば俺は、この上がどんな場所だか知らない。

 

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備え付けのテレビからはうっすらとニュースキャスターの声が聞こえ、けぶったガラスの向こうからは淡く日が差す。例えばよく晴れた休日、居間のソファでまぶたを薄日に照らされながらうたた寝したら、こういう夢を見るだろうな、と思う。

 

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ドア越しの景色。さまざまな角度の柱が、さまざまな距離感で視界を通り抜ける。傾いているのは地面か、柱か、それともこのエレベーターか、少しずつあやふやになってくる。

録画を切った直後、レールの継ぎ目かなにかに躓いたエレベーターが、小さくがこん、と揺れた気がした。それとも、揺れたのは自分自身だったろうか?

 

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――そろそろ時間感覚すら失われようかというとき、エレベーターは上階に到着した。

 

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上階のホールにはコモア・ブリッジの模型が展示されていて、それを眺めていると「そうか、俺はさっきまでこれに乗っていたんだな」と、主観的な体験と客観的な事実とがようやく繋がったように思えた。

 

 

予期せぬ白昼夢、コモアしおつ

さて、いい体験ができたしもう帰ってもいいんだけど、せっかく上ってきたんだから、と、軽い気持ちで「コモアしおつ」にくり出したのだが。

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そこはおおよそこんな感じの、ごくごく普通の住宅街だった。


普通の住宅街。

確かにその通りだったのだが、それを見るchocoxinaの心中はどこか穏やかでなかった。

家々の淡い色の壁や、よく整えられた庭などを眺めながら散策するうち、無視できない違和感が胸に澱(おり)をつくるのを感じた。

 

・・・なぜ俺は「こんなところ」に? 

 

思い出して欲しいのだが、chocoxinaはほんの数分前まで山の中にいたはずだった。

それが、たかが数分エレベーターに乗ってぼんやりとしていたら、いつの間にかこんな小綺麗な住宅地にいる。

 

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ギャップがすごくないすか

 

自分の脳がこの脈絡のなさについて来られないのを感じながら、俺は確かに自分の意思で来たはずのこの場所を、どこか「迷い込んでしまった」ような気持ちで歩いた。


また、この時感じた違和感には別の事情もあって、この家々の外壁の色味や、軒先の植え込みのちょっと気の利いた感じ――これが私事で恐縮なのだけれども、実家の近所の住宅街にそっくりなのだ。

 

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(夢の話に続いて伝わらない話で恐縮です。改めて空でも眺めてください)


ともかく、この時のchocoxinaにしてみれば、トトロの世界のような山の中から、近未来施設の悪夢エレベーターに乗って、パラレルワールドの実家に迷い込んだようなもので、それこそ風邪をひいて夢でも見ているような気分だった。

 

(ちなみに、あとで調べてみたところ、このコモアしおつの戸建て販売が開始されたのは1991年とのこと。その前後に開発された住宅地やその近所に住んでいる方なら、このときchocoxinaがコモアしおつに感じたデジャヴを共有していただけるのではないだろうか)

 

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混乱を収めるためというか「ここなら何か変わったものを売っていて、それを見たらデジャヴからは開放されるかも知れない」というような気持ちで入ったスーパーマーケットもやっぱり普通だったので

 

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完全に目的を見失って「おひるごはん」「おやつ」「普段から集めてるシール付きウエハース」と、うっかりガチの買い物をしてしまった。

 

 

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また、訪問したのが土曜日の昼下がりだったこともあってか、出歩いている人が少なく、生活音が全くしなかったのも夢っぽさに拍車をかけた。

たまに聞こえる音といえば、数分ごとに大通りを通る車のエンジン音や、春先の風が植え込みを揺らす音くらいで、それ以外は文字通り白昼夢のような静寂だった。歩きながらさっき買ったウエハースを一口かじると、ばりりっ、と場違いに大きな音が響いて、思わず身をすくめるほどだった(それでも結局、中身のシールが気になって3枚全部食べた)。

 

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本筋とは全く関係ないんですが、その時のシールです。

 

 

夜の斜行エレベーター

さて、その後は

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夢っぽいというよりもむしろレトロなRPGっぽい立て看板を見つけたり

 

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今まで見た「プラザ」の中で最も小さいやつを見つけたり

 

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地元の飲み屋さんで一杯引っ掛けたりしているうちに日が暮れてきたので、そろそろ帰ることとしよう。

帰りはもちろんコモア・ブリッジの斜行エレベーターを使う。

 

夜の斜行エレベーターは、特に下りともなると、昼のそれに比べて圧倒的に悪夢感が増す。

 

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"暗いところへ落ちる夢や何処までも落ちる夢は、あなたが抱えている問題の根が深く、どんなに頑張っても解決しそうにないことを暗示しています。"

 

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" 死に直面していたり、死ぬことへの恐怖を抱えている場合もあります。"

 

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"悲観的にならず視点を変えるなど大胆な発想の転換が必要です。信頼できる人に相談するのが良いでしょう。"

落ちる夢・落下する夢の夢占い - 夢の夢占い

 

この夜、chocoxinaは案の定エレベーターの悪夢を見ましたが、皆さんはそうならないよう祈っています。あれ結構怖いので。

 

 

後日談

ちなみに、記事中では夢っぽい夢っぽいと書きつつも、訪問時はさすがにもう少し意識もはっきりしていたつもりだったのだが、今になって当時の写真などを見返すと

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メモをとる際に「エレベーター」を書き損じる

 

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「これはかなり夢っぽいぞ!」と思いながら全然夢っぽくない信用金庫の写真を撮る


など、結構ガチの夢うつつになっていた形跡があった。やっぱり寝てたのかも知れない。

undertaleのプレイヤーって「決意そのもの」なんじゃないの、という話

undertaleにおいてややこしい、あるいは意図的にややこしくされている、プレイヤーと、あるキャラと、あるキャラの関係について、自然な仮説をいくつか立てることで統一的に説明できないかという試みです。当然undertaleのネタバレを多分に含むため、これからプレイする予定のある人はさっさとプレイしてきてください。

 

 

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仮定1.undertaleにおいて、人間の「精神」にあたるものは「SOUL」と「決意」に分けられるようだが、ここにさらに、独立して「記憶」が存在すると仮定する。精神がその三要素のみからなるならば、まったく同じSOULと決意と記憶を持った存在は、少なくとも精神面でまったく同じ人間である。

 

仮定2.SOULには色以外の区別がないと仮定する。つまり、同じ色のSOULが二つあり、どちらも決意や記憶を含んでいないなら、その二つは全く同じものであり入れ替え可能であるとする。逆説的に、SOULの色の七種より細かな人間の個性は、決意と記憶が司る。

 

仮定3.決意は、その名の通り人間の意思決定と相関関係があると仮定する。ここでは仮定としたが、言葉の意味からしてごく自然な解釈だろう。上に進む、下に進む、見逃す、殺す、などの選択が決意を、また決意が選択を変化させる。この相関はゲーム上の描写としても見られる。

 

補題.前二項は、ゲーム中単に「決意」と呼ばれているものにそれぞれ何らかの質的な違いがあることを示す。

 

 

 


・プレイヤーはFriskを操作することができる。これはFriskにあなたの決意が宿っているからだと説明できる。あなたは「Friskに宿る決意そのもの」としてFriskの意思決定に介入するのだ。

 

・つまりゲーム開始時のFriskは「赤いSOUL」「Friskの決意」「プレイヤーの決意」を持った存在である。ゆえに、少なくともゲーム開始時、プレイヤーキャラクターが何者であるか判然としないのだ。

 

Friskの記憶についてはどうか。いったん脱線してFloweyの記憶について考察する。

 

・FloweyはSOULのない存在である。しかしその出自上明確に決意を持ち、またなぜかAsrielの記憶を持っている。

 

・ここで、「記憶というものは、持ち主が死んでも(たとえば幽霊や、作中の人間のSOULのように)ふわふわと存在することができ、『適切な決意を持ち、記憶のない存在』に宿ることができる」と考えられる。AlphysがGolden Flowerに注入した決意は、奇跡的にAsrielの記憶にとって「適切な」ものだったのだ。生前のAsrielと質的に同じだったと言い換えることもできるだろう。

 

・転じて、ゲーム開始時のFriskは記憶を失っていると考えられる。それはプレイヤーの決意が混入した結果かもしれないし、単に落下の衝撃かもしれない。とにかく記憶はFriskから抜け出ていて、プレイヤーの決意を内包してしまったFriskにはふたたび宿ることができない。

 

・さて、このゲーム、最初は適当に、そして2週目以降はFloweyに言われる通りに受動的にゲームを進めることで、Pルートをクリアすることができる。つまり、Pルートをクリアする際には、少なくともGルートと比べればさほど「プレイヤー自身の決意」を要さない。

 

・では、FriskにSAVE能力を与え、最終的にPルートの結末を生じさせるに至ったほどの決意とは何か。Frisk自身の決意である。すべてのモンスターを救う決意(メタ的には、ゲーム全体がプレイヤーにPルートをクリアさせる決意)である。筆者はこれをFriskがエボット山に登った直接の動機と解釈する。

 

・Pルート中、プレイヤーはFriskの決意に寄り添うようにプレイヤーキャラクターを操作し続けたのだ。あなたはゲーム中、Friskの決意を置き換えるほどの決意をどこかで抱いたかもしれないが、それでも結果として「Friskの決意とプレイヤーの決意の総体」は「Friskの決意そのもの」と質的に全く同じになった。「赤いソウル」と「Friskの決意」が揃うことで、Friskの記憶がふたたびFriskに宿ったのがPルートのエンディングである。なのでルートの最後には、FriskFriskとして質問に答える場面がある。

 

・Nルートのプレイヤーキャラクターは、ゲーム開始時から引き続き「赤いSOUL」「Friskの決意とあなたの(曖昧な、もしくは少なくともFriskのそれとは異なる)決意」を持っている。ゆえに何者であるか判然としないままである。ほとんどの機会をあなたの影響下で動いたキャラクターは、どちらかといえば、あなたが名前を付けた、あなた自身に近いキャラクターに見える。

 

・ではGルートではどうか。ここまでの理論を適用すると「Friskの決意」と「プレイヤーの決意」の総体が「Charaの決意」と全く同じものになったと考えられる。そこにCharaの記憶が宿り、赤いSOULと一体となって転生したのである。

 

・Pルートの最終盤、地上に出る直前にFloweyのもとへ行くと、Charaが必ずしもあまりいい人間ではなかったこと、Asrielを利用して人類を滅ぼす算段であったことが示唆される。ただし実際のところAsrielは人間に一方的に責められて帰ってきたわけで、Charaの意思に沿う行動を取らなかったといえる。

 

・ここでCharaAsrielに、ひいてはモンスターに対して愛憎入り混じった感情を持ったものと予想できる。特に、Charaはもともと人間を滅ぼそうとしていたような人間だったことから、一度抱いた憎しみが常識を超えてエスカレートすることは想像に難くない。

 

・あなたの「すべてのモンスターを殺す」決意は、Friskの「すべてのモンスターを救う」決意を置き換えていった。最終的にその決意の総体はCharaのそれと全く同じになるわけだが、その内訳には解釈の余地がある。その決意の中にモンスターへの愛があるかどうか、そしてその愛がFrisk由来かプレイヤー由来かだ。

 

Friskが持つ決意のなかにもはやFrisk由来のものはなく、かつその中にはモンスターへの愛があると解釈するなら、それはPルートの後にGルートに進んだ我々の決意と全く同じだ。

 

・我々といったけれども、筆者はGルート動画勢なんだよなーやっぱやるべきかなー。

「OneShot」で、あなたのNiko君と世界を旅してほしい。

突然なのだけれども、みなさんにはこの「OneShot」というゲームをプレイしていただきたい。

store.steampowered.com

OneShotは、このかわいいかわいいNiko君を操作して、世界を旅するパズルRPGである。
そして、できることなら、これ以上の情報を一切頭に入れずに(steamのレビューさえ見ずに!)体験してほしいゲームだ。
特に、このストアページに表示されているNiko君のビジュアルや世界観が気に入ったなら、それだけで十二分にプレイする価値がある。このかわいいかわいいNiko君はきっと、あなたにとって特別な存在になるはずだ。

 

それでもまだプレイする気のないあなたに、OneShotの魅力をお伝えしよう

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まずなんたってNiko君がかわいいのである

 

このゲームの何よりも素晴らしい点は、ええっと、一番なによりも素晴らしいのはNiko君がかわいいことなんだけど、その次くらいに素晴らしい点は、「ゲームとプレイヤーの関係」を非常にうまくゲームに利用しているところだ。


プレイヤーにとってPC(プレイヤーキャラクター)とは何か。逆にPCにとってプレイヤーとは何か。プレイヤーはゲーム世界をどう捉えているか。それはPC、またはNPCの捉え方とどう異なるか。そういったプレイヤーの価値観が、ゲーム体験を通じてどのように変容するか。その関係性をうまく利用し、ときにはゲームの側からその関係を揺さぶってくるのだ。

 

大抵のゲーム、特にRPGにおいて、プレイヤーとPCの関係というのは意図的に、あるいは仕方なく曖昧にされている。

 

例えば重厚なストーリーのJRPGをプレイするあなたは、間違いなく自分ではない、確固たるパーソナリティや名前を持ったPCを操作しながら、自分自身がどこか蚊帳の外にいるような感覚を覚える。
逆に、無個性で感情移入しやすい「あなた自身としてのPC」を操作しているときのあなたは、「自分自身が行いたいこと」が「ゲームのお約束」で出来ないようなとき(例えば、たかが木一本で遮られているだけの道が通れない、とか、あのシーンでエアリスを突き飛ばせない、とか)に、自身がゲームの外側にいることを自覚させられてしまう。

 

OneShotでは、ちょっとした舞台設定の妙と、それを存分に活かす様々なギミックによって、「ゲーム世界に『あなた』を存在させながら、ゲームへの没入感を損なわない」ことに成功しているのだ。

 

この仕組みについて、OneShotのネタバレを避けながら説明するために、なるべく様子の異なるゲームを例に挙げよう。「Ingress」である。

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ポケモンGOの会社がやってるアレだ

 

Ingressのプレイヤーキャラクターは、間違いなく「あなた自身」だ。
Ingressの世界は現実世界にオーバーレイするように広がっていて、プレイヤーは実際に現実世界を歩き回ってゲームを行う。
Ingressの世界にはXMという作品世界の根幹をなす物質や、それに関する魅力的なアイテムや設備、研究機関や陰謀、それに関わる人々など、綿密に設定された世界が無限に広がっている。
ただし、「あなた」はそういった世界に「スキャナー(アプリのこと)」を通じてしかアクセスできない。

 

こういったかたちの舞台設定は、プレイヤーをゲームに没入させながら、プレイヤーがぶつかるゲーム的なお約束について、「それはあくまでも、あなたが世界と接するインターフェースの問題だ」というふうに、ゲームの内側から説明を与えてくれる。
Ingressの世界がところどころいかにもゲームっぽいのはあくまでも持っているスキャナーの問題で、本当はもっとシリアスなのだ、と説明できるために、ゲーム世界そのものについては余計なフィクション性を感じさせずに済むというわけだ。

 

OneShotにおいても、「あなた」と「ゲーム世界」の間には隔たりがあることがゲーム内部の言葉で説明される。しかし、これによってプレイヤーは逆説的に「このウィンドウの中には、確かに世界が在る」という感覚を強固にし、またOneShotはその枠組みをフルに使って、ちょっと他では思い当たらないゲーム体験をプレイヤーにもたらしてくれる。

 

OneShotをプレイするあなたは「あなた自身」にかなり近い存在として、Niko君、つまり、あの猫耳猫目で萌え袖で褐色の超絶かわいい少年であるところのNiko君と、さまざまな形で協力しながら謎を解いていく。それによってあなたは、いや「あなた自身」は、Niko君との間に、テキストで描写される以上の特別な関係性を感じることだろう。これがOneShotの大きな魅力だ。

 


さて、一つ伝え忘れたこととして、このゲームは全編英語で、有志による日本語パッチも存在しない。

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伝え足りないこととして、Niko君はかわいい


しかし、ここまでで興味を持ってくれたのであれば、その障害を乗り越えてでもプレイする価値があると保障しよう。
最近はGoogle翻訳も優秀になってきた(カメラで撮影するだけで翻訳できるのだ!)し、どうしてもわからなければ、和訳をまとめてくれているページもある。


(あなたがスケベ心でプレイ前にネタバレを踏まないようあえてリンクしないが、「Oneshot 適当和訳」で検索すれば出てくるはずだ)


最後にもう一度Steamへのリンクを貼るので、あなたがもし、少しでもこのゲームに興味を持っているのであれば、もうつべこべ言わずポチってしまうことだ。

store.steampowered.com

 

プレイにあたって諸注意

最後に、OneShotoをプレイするにあたっての諸注意を以下に記す。
ゲームのダウンロードが完了したら、SteamのPlayボタンをクリックする前に、ほんの一呼吸おいて内容を確認してほしい。手間をとらせる代わりに、よりよいゲーム体験を保証しよう。

 

・初回プレイは、3時間くらいまとまった時間が取れるときに行うべきだ。絶対に。
・上で紹介した和訳は「ゲームが一区切りついたときに、そこまでのプレイを振り返る」ような形での使用をオススメする。かのサイトはデータベース的なものであって構成がストーリー進行に沿っていないので、思わぬネタバレを踏む可能性が高い。
・PCのユーザー名に全角文字を使っていると序盤で若干バグるので、特別事情がなければこの機会に変えてしまおう。なおそのままでも一応ほぼ支障なくプレイはできる。
・フルスクリーンではなくウインドウモードでのプレイを推奨、なのだけれど、画面があんまりにも暗い序盤や、高解像度ディスプレイを使っている場合などは適宜使い分けを。ただ繰り返す通り、原則ウインドウモード推奨である。
・ゲーム中頻出する"phosphor"という語はここでは「燐光体・蛍光体」の意で、世界観の根幹をなす要素になっている。読解の参考まで。

2000円の3Dペンを買って二歳児に戻った話

アキバのヨドバシで、知らないおもちゃを見つけた。

売り場で一目見た途端、その場から動けなくなって、舐めるようにスペックを見て、でも買ってはならないような気がして、一度冷静になるためにトイレに入って、用を足したら一直線に売り場に戻ってまた箱を食い入るように見た。大の大人が、たかが2000円のおもちゃを前にしてだ。

今回は、そうやって買ったおもちゃが滅茶苦茶楽しかったというだけの話をします。

 

3Dドリームアーツペン

そのおもちゃは、3Dドリームアーツペンという。

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3Dドリームアーツペン|商品情報|メガトイ|メガハウスのおもちゃ情報サイト

樹脂で平面に絵を描いてからライトでじっくり硬化させて、そうして作ったパーツを立体に組み上げる、という遊び方をするものらしいのだが、ペン先に別売りのライトを付けることで、描いた先から樹脂を硬化させて「空中に絵を描く」ような使い方ができる。

 

一目見たときに「やべえぞこれは」と思った。3Dプリンターが市場に出回り始めたころに流行った「3Dペン」そのものだ。

 

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空中に絵を描ける世界初の3Dペン 「3Doodler」公式サイト|ナカバヤシ株式会社

このサイトの3Doodlerは14000円、ヨドバシで見つけた3Dドリームアーツペンはペン一本とライト一つで2000円程度。圧倒的に安い。

しかも売り場には、

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こんな作例まで展示されているのだ。

これは凄い、最近の子供はこんなハイテク玩具で遊んでるのか、欲しいな、2000円だし買うか、と、そこまで思いを巡らせたところで、ふと「ここは一旦冷静にならなければ」と思い、あわててトイレに逃げ込んだ。

 

たかが2000円の衝動買いで何を大袈裟な、とお思いだろうが、その理由を説明する前に、ちょっと身の上話をさせて頂きたい。

 

 

クリエイティブなおもちゃは怖い

chocoxinaの最近の悩みとして「老い」が怖い。

たかだか20代の若造が何を、と人生の諸先輩方は笑うかも知れないが、これは、かつては出来たことが少しずつできなくなり、かつてはきいた無茶がだんだんときかなくなってくる、という現実に人生で初めて直面した自分の素朴な本音である。

 

その中でも特に怖いのが、自分の中から「創造性」みたいなものが無くなっていくことだ。

10代の頃は、やりたい事や作りたいものがいくらでもあった気がするのに、最近はまったくそういったモチベーションが湧いてこない。

 

今もし、無数のレゴブロックが目の前に積み上げられているとして、そのブロックで何を作るか? 時々そう自問して、その度にため息をつく。作りたいものが何も思い浮かばないのだ。

 

そんなわけで、3Dドリームアーツペンを買うのが怖くなった。

アイツは「さあ、何でもすきなものを作ってごらん!」と我々を迎えてくれるようでいて、その実「いったい俺で何を作ってくれるんだ?」と創造力を試してくる。

もし、アイツを買って何も作れなかったら。考えるだに恐ろしかった。想像の中の「レゴブロックの山の前で立ち尽くす自分」が現実のものになって、老いた自分と真正面から向き合うことになるからだ。

 

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老いを恐れるchocoxina(イメージ)

 

やはり買うのはやめようか、と思いながらトイレから出て、やはり最後にもう一目だけ見ようと売り場に戻ってみたが、そのおもちゃは変わらず魅力的だった。

何を作るかはともかく、このペンで空中に線を引いて、出来上がったものを触ってみたい、と思った。こんなに何かが欲しくなるのは数年ぶりだった。

頭の中で発展性のない問答を繰り返して、最終的に、最低限のセット(ペン一本とライト一つ)だけを買って帰った。

 

長々としみったれた話をしましたが、以下たのしいおもちゃレポートになります。

 

 

こういうおもちゃです

さて、このペンとライト。

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画像右のペン本体は修正液のようなタイプで、蓋を兼ねたペン先を少し緩めてから本体の膨らんだ部分を押すと、ニュルニュルとインクが出てくる。ここの押し加減で出てくるスピードを調整するようなイメージだ。

そこに画面左のライトをはめると、このようになる。

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LEDが3つペン先に向けられており、ペン先から出たインクをただちに硬化させるようになっているのだ。

ちなみにこのライト、ONにするといかにも「紫外線とか含んでます」的な青くて強い光を放つ。

テーブルに跳ね返った光でさえ、凝視すると目の奥にズン、と来るような感じがあり、多分あまり目にいいものではないだろう。注意書きにも「長時間作業しないように」とある。

 

ともかく、こうして完成したものを見てみると、笑っちゃうくらい単純である。

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ダライアスに出てきそう

 

普通の3Dペンなら、大仰なペン本体の尻から長いフィラメントを挿し入れ、ACアダプタもつなぎ、スイッチを押して本体内の複雑な機構で送り出し、先端でヤケドしそうなくらい加熱してやっと樹脂が出て来るというのに、こちらは「絞り出してから、光を当てる」だけだ。

こんなんで空中に絵を描こうというのか。このあと半信半疑で線を引いてみたわけだが、これがもう、すごかったのだ。

 

線を引くと、線が引ける

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その辺にあったマカダミアナッツチョコの箱に、柔らかいままの樹脂で土台(チョコの左上のとこ)を作ってから、ライトを点けた本体を強めに握って、土台を起点に真上にすっ、と引く。

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!!

 

このときchocoxinaが受けた衝撃、画像で伝わっただろうか。

いや、伝わるものか。

 

読者の皆様には「チンアナゴの霊」みたいなものがマカダミアナッツチョコの箱の上に立っている画像しか見えていないだろうが、これは、俺が、たしかに、空中で、引いた、線なんですよ。

 

 

伝われ、この感動

ペンを握り込むと、ペン先にインクが滲む。

滲んだインクはただちに硬化してもとの場所にとどまり、動かされたペンは硬化した樹脂から離れていく。

硬化した樹脂とペン先の間には新たににじみ出てきたインクがつながっていて、それもまた直ちに固まる。

このサイクルが目にも留まらぬスパンで繰り返され、インクの排出(握り込む強さ)と動かす手の速さが釣り合ったとき、そこには「空中に線を引いている」というひとつながりの知覚が生じるのだ。

 

すっ、とペンを動かすと、何もない空間にすっ、と白い線が生じる。これだけのことがただ楽しい。

 

そこからはもう猿のように線を引いた。

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たまたま部屋に落ちていた安全ピンをおさかなさんにしてみたり

 

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なんとなく描いた三角形をなんとなくどんどん繋げて、何らかの構造を作ってみたり

 

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なんとなく思い浮かべた文字(しもネタ)を空中に書いてみたり

 

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もはやなにか計画するのもまどろっこしくなって、思いつくままに線を引いたりした。

 

この楽しさをどうにか人に伝わるように説明するなら「ものすごくレスポンスのいいペンタブを触ったとき」の感動が近いだろうか。しかもそれが三次元に描けて、後には触れられるものがその場に残るというオマケまである。

 

また、自分が滅茶苦茶に線を引きながら想像したのは「初めてクレヨンを握った幼児」の気持ちだ。

 

握り心地のいいカラフルな棒を紙に押さえつけて、ぐいっと動かすと、紙の上に鮮やかな線があらわれる。

きっと幼い我々はそれだけのことが楽しくて、ただ画用紙を真っ赤に塗りつぶしたり、床や壁に色とりどりの素敵な線を生じさせたりしたのだろう。

3Dドリームアーツペンを握ったchocoxinaの気持ちは完全にそれだった。だって、線を引くと、線が引けるのだ!

 

 

クリエイティブはこわくなかった

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改めておさかなさん。どう見ても二歳児の所業だが、27歳児の作である。

 

この玩具を購入する前の自分は「これを使って、なにか意味のあるものを作れなかったらどうしよう」と思い悩んでいた。

それが今や、無限のポテンシャルを持つおもちゃでわざわざなんの意味もない線を引いて喜んでいるし、そのことに関してなんの負い目もない。

 

子供がレゴブロックを手に取るときだって、今のchocoxinaと同じような気持ちだろう。

色とりどりのブロックをぱちん、と嵌めると、ブロックは嵌めたとおりの形を保ち、そのことがただ楽しい。そうやって気の赴くままにブロックを組み上げるうちに、そのカタマリが家や車や動物やモンスターに見えてきて、イメージ通りに組み上げたいという欲求が湧いてくる。

購入前のchocoxinaの「何を作るか思いつかないから、買わない」という考えは、そもそも順序が逆だったのだ。

 

3Dドリームアーツペンはchocoxinaを二歳児に戻してくれた。

ペン先がつまりやすいとか、固まってないインクが手につくとやたらベタベタするとか、欠点も少なくないおもちゃだが、これからも折に触れて触るだろうと思う。

触っているうちになにか作りたいものが思い浮かんでも、なにも思い浮かばなくても、大した問題ではないわけだし。